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八丈島のある集落において、観音菩薩を深く信仰していたひとりの老人が暮らしていた。 彼は、最愛の一人息子を失ったのを契機に、それまで住み慣れた家を手放し、自身が所有する畑の近くに新たな住居を建てて余生を送っていたという。 しかし、その土地は海から吹き付ける強風が絶え間なく、極めて過酷な環境であった。 ある折、八丈島の上空を風の神が猛威を振るいながら通過しようとしていた。 風神は、自らの進路上に存在する家屋や畑であろうと一切容赦なく吹き飛ばしながら進んでいったのである。 老人は家に籠り、ひたすら観音菩薩に「どうか我が家が吹き飛ばされませんように」と祈り続けていた。 やがて、風神は老人の家の上空に到達したが、驚くべきことに、風神が送り込む強風はことごとく家に跳ね返され、逆に風神自身が雲の上から落とされてしまったのである。 激怒した風神は、さらに強大な風をもって老人の家を吹き飛ばそうと試みたが、次第に力尽き、ついには涙を流しながら「ここは私の通り道なのに、塞がれてしまっては海に戻ることができない」と嘆いた。 その時、突如として観音菩薩が姿を現し、老人に向かって「これまでお前の家を守ってきたが、風の神の通り道を奪うわけにはいかぬ。 家を別の場所に移し、風神が通れるようにしてあげよう」と告げた。 観音菩薩は老人の家を掌に乗せて運び、風の影響を受けない穏やかな土地へと移したのである。 風神は観音菩薩に深く感謝し、急いで海へと戻っていった。 この時、老人の家が移された地を人々は「せいずのたいら」と呼ぶようになった。 それ以来、八丈島では風神の通り道に家を建てることを慎む習わしが今も伝えられている。