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JLPT N1 – Reading Exercise 59
以下いかは、歴史学者れきしがくしゃについて、歴史小説家れきししょうせつかとの比較ひかくを中心ちゅうしんに書かかれた文章ぶんしょうである。歴史学れきしがくでは、史実しじつの究明きゅうめいにはもちろんのこと、新あたらしい歴史像れきしぞうを提示ていじする時ときにも史料的しりょうてき根拠こんきょが必要ひつようです。そして、この史料的しりょうてき根拠こんきょを基盤きばんとするがゆえに、歴史学者れきしがくしゃの歴史観れきしかんは、相互そうごに批判ひはん可能かのうなものです。これは、物理ぶつりや化学かがくといった自然科学しぜんかがくの世界せかいで新理論しんりろんを展開てんかいする場合ばあいに、その論拠ろんきょ、論理ろんりを他ほかの学者がくしゃにも検証けんしょう可能かのうな形かたちで提示ていじしなければならないことと同様どうようです。しかし、小説しょうせつにこうした論証ろんしょうを求もとめるのは無理むりというものです。最近さいきんは小説家しょうせつかに歴史研究者れきしけんきゅうしゃ同様どうようの姿勢しせいを求もとめる向むきもあるようですが、これは筋違すじちがいとしか思おもえません。やはり、歴史研究れきしけんきゅうと歴史小説れきししょうせつは、そもそも目的もくてきも手段しゅだんも違ちがうものなもだとしか言いいようがないのです。また、あるいは、次つぎのような話はなしが参考さんこうになるでしょうか。ある時とき、理学部りがくぶの天文学てんもんがくの先生せんせいに、「どうして彗星すいせいや小惑星しょうわくせいなどの新天体しんてんたいを発見はっけんする人ひとには、アマチュアの天文家てんもんかが多おおいのですか」と聞きいたことがありました。新聞しんぶんでも報ほうじられるような天体現象てんたいげんしょうの発見はっけんに、意外いがいと専門研究者せんもんけんきゅうしゃが少すくないことが気きになっていたからです。すると、天文学てんもんがくの先生せんせいは、「天文学てんもんがくの先端せんたんでは、彗星すいせいなどの発見はっけんよりは、大おおきな電波望遠鏡でんぱぼうえんきょうを使つかって、ある一定いっていの方向ほうこうから地球ちきゅうに届とどく宇宙うちゅうからの電波情報でんぱじょうほうを継続的けいぞくてきに受うけ取とり、その数値すうちの分析ぶんせきによって宇宙うちゅうの大おおきさを推測すいそくしたり、宇宙うちゅうの成なり立たちを究明きゅうめいしたりしているのです」と教おしえてくれました。(中略ちゅうりゃく)歴史学者れきしがくしゃと歴史小説家れきししょうせつかの違ちがいも、これに近ちかいものがあります。歴史小説家れきししょうせつかを歴史れきしのアマチュアとするつもりはありませんが、同おなじく歴史れきしを扱あつかいながらも、その立たち位置いちは違ちがうものだと言いえるでしょう。歴史小説れきししょうせつでは、誰だれもがよく知しっている人物じんぶつや事件じけんをとりあげて小説しょうせつにすることが多おおいようですが、歴史研究れきしけんきゅうではむしろ誰だれも知しらないような人物じんぶつや事件じけんを入いり口ぐちとして史実しじつを究明きゅうめいすることがほとんどです。また、政争せいそうに誰だれがいかにして勝かったかというような政治せいじのダイナミックな人間にんげんの動うごきよりは、制度的せいどてきな政治せいじシステムの変遷へんせんを追究ついきゅうする方ほうが研究手法けんきゅうしゅほうとしては主流しゅりゅうです。そのため、歴史学者れきしがくしゃが世間一般せけんいっぱんの歴史れきしファンを驚おどろかせるような新説しんせつを立たてる、というようなことは、稀まれなこととなるのです。もちろん、天文学者てんもんがくしゃであれば研究機関けんきゅうきかんに属ぞくしていようが星ほしに無関心むかんしんでないのと同様どうように、歴史研究者れきしけんきゅうしゃもメジャーな歴史れきしトピックに関心かんしんがないわけではありません。しかし、一見いっけん地味じみな事例研究じれいけんきゅうを積つみ重かさねることによって、それまでの通説つうせつを修正しゅうせいする新あたらしい視点してんが見みいだされていくことを、研究者けんきゅうしゃは知しっているのです。つまり、一足飛いっそくとびに通説つうせつを覆くつがえそうとして、特定とくていの視点してんから史料しりょうを読よむような真似まねは禁物きんもつなのです。(山本やまもと博文ひろふみ『歴史れきしをつかむ技法ぎほう』による)