О Todaii Japanese
Социальная сеть
Версия приложения
Другие приложения
Авторские права принадлежат eUp Technology JSC
Copyright@2025
JLPT N1 – Reading Exercise 5
人間にんげんには四よん種類しゅるいある。過去かこの思おもい出でに生いきる人ひと、未来みらいに生いきる人ひと、現在げんざいに生いきる人ひと、その他そのただ。わたしは「あのときこう言いい返かえせばよかった」とよく後悔こうかいするから過去かこに生いきているのかとも思おもうが、過去かこの思おもい出でにひたることはないし、「思おもい出でづくり」にも興味きょうみがない。過去かこの栄光えいこうも意識いしきに上のぼらない(過去かこの栄光えいこうがないかもしれない)。第一だいいち、過去かこに目めを向むけることがない。人ひとに自慢じまんしようとして、自慢じまんできるところが現在げんざいの自分じぶんに見当けんとうたらず、過去かこの中なかに無理むりやり探さがすときぐらいだ。___1いち___ 、つらい出来事できごとはずっと尾おを引ひく。先日せんじつ、失意しついの底そこに沈しずんだときは、立たて直なおるのに二日ふつかかかった。たぶん過去かこのことは二日ふつか経たつと他人事たにんごとに思おもえるのだ。未来みらいはどうか。わたしはよく、流暢りゅうちょうに話はなせないのではないかなどと未来みらいに不安ふあんを抱いだくし、食事しょくじでも、好すきな物ものが最後さいごに残のこるよう計画的けいかくてきに食たべるから、未来みらいに生いきていそうだが、そうとも思おもえない。たとえば、未来みらいのために健康診断けんこうしんだんを受うけたほうがいいと思おもうが、検査けんさは極力きょくりょく避さけている。仕事しごとも、今日きょうできることを一日いちにち延のばしにして、結局けっきょく、約束やくそくが守まもれず謝罪しゃざいする。計画けいかくは立たてるが、計画性けいかくせいがないのだ。万事ばんじ、行いき当あたりばったりだ。学生時代がくせいじだい、進路しんろを哲学てつがくに変かえたときもそうだった。当時は就職難しゅうしょくなんで、大学院だいがくいんに行いくと就職しゅうしょくはまず無理むりだったが、決断けつだんには何なんの迷まよいもなかった。親おやから、哲学てつがくに進すすむなら仕送りしおくりをやめると脅おどされても、生活せいかつのあてもないまま、まったく動うごじなかった。わたしが楽天的らくてんてきだからではない。たんに先さきのことが他人事たにんごととしか思おもえないのだ。自分じぶんの未来みらいは一日いちにちで十分じゅうぶんだ。わたしは人生じんせいが何百年なんびゃくねんもあればいいのにと願ねがっているが、人生じんせいのうち、___2に___ 人生じんせいだと思おもっているのは今日きょう一日いちにちと過去かこ二日ふつかと未来みらい一日いちにちの余計よけい四日間よっかかんだけだ。