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JLPT N2 – Reading Exercise 92
小説家しょうせつかになりたい人ひとには「好すきな作家さっかのものを全部ぜんぶ読よむ」という読書法どくしょほうをすすめる。好すきな、というのは、自分じぶんに合あっている気きがして読よみやすく、しかも楽たのしいというものだ。いろんな作家さっかをちょっとずつ読よむ、というのでは、あまり身みにつくものがない。ベストセラーになっている話題作わだいさくをせっせと追おいかける、というのは「1」もっとよくない。ベストセラーになる小説しょうせつは、とりあえず何なにかいいところがあって売うれているのだから、読よめば参考さんこうになるではないかと言いうかもしれないが、それを読よんで参考さんこうにしている人ひとがたくさんいる、ということなのだ。みんなが狙ねらっている方向ほうこうで、自分じぶんもやってみるというのでは、目立めだつこともないわけである。(中略ちゅうりゃく)ひとりの作家さっか(あなたにとって、不思議ふしぎに肌合はだあいがよくて楽たのしめる小説しょうせつを書かく人ひと)の全小説ぜんしょうせつを読よんでみるのは、知しらず知しらずのうちに、その作家さっかの「小説作法しょうせつさほう」を感かんじ取とることである。この人ひとは小説しょうせつを、このように構成こうせいするのだ、そこが心地ここちいいのだ、とわかることである。この人ひとは人間心理にんげんしんりを、このように描写びょうしゃする、この人ひとの社会観しゃかいかんはこうである、なんてこともわかる。「2」それがわかれば、似にたようなものを書かくところまであと一歩いっぽ、なのである。特別とくべつにマネして書かこうと思おもっていなかったとしても、書かくものは自然しぜんと、その作家さっかの作風さくふうと似にたものになり、初心者しょしんしゃが書かいたにしては完成度かんせいどが高たかいものになるだろう。こう反論はんろんする人ひとがいるかもしれない。小説しょうせつを書かいて世よに発表はっぴょうしたいという願望がんぼうは、自分じぶんというものを世間せけんに知しらしめたいということであって、つまりは自己表現欲じこひょうげんよくから出でてくるものだ。それなのに、他人たにんの作品さくひんをマネているのでは、自分じぶんの表現ひょうげんにはならないのではないか。自己表現欲じこひょうげんよくのことは、確たしかにその通とおりである。しかし、慌あわてないで順じゅんに段取だんどりを踏ふんでいこうではないか。いきなり自分じぶんらしさを出だしたいと考かんがえるのではなく、まずは世間せけんが振ふり向むいてくれるレベルのものが書かけるよう、上達じょうたつする必要ひつようがあるのだ。私わたしの書かくものには価値かちがあるのだから、世間せけんは注目ちゅうもくしなければならない、と思おもい込こんでしまう人ひとが案外あんがいいるのだが、それではなかなか読よんでもらえない。だから、まずはうまく書かけるようにならなければいけない。そのための訓練くんれんとして、ある作家さっかを熟読じゅくどくしているというのは、大変たいへんに有効ゆうこうなのである。(清水義範しみずよしのり『小説家しょうせつかになる方法ほうほう』による)肌合はだあいがよい:ここでは、自分じぶんの感覚かんかくに合あう知しらしめたい:知しらせたい