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JLPT N1 – Reading Exercise 11
始発駅しはつえきに電車でんしゃが入はいってきて、やがてドアが開あくと、ホームに並ならんでいた客きゃくたちは目めの色いろを変かえて座席ざせきになだれ込こむ。このホームで並ならぶという道徳どうとくを守まもらせているものは損得そんとくの判断はんだん、つまり知性ちせいだと言いえる。ホームのような場所ばしょで利己的りこてきに振ふる舞まうことによる身みの危険きけんを知性ちせいはよく知しっている。だから、私わたしたちはホームで行儀ぎょうぎよく並ならぶ。ドアが開あくまでは我慢がまんして並ならぶのである。しかし、ホームで並ならぶことと電車でんしゃで席せきを譲ゆずることとは本質的ほんしつてきに違ちがう。自分じぶんの利益りえきを考かんがえて席せきを譲ゆずるのではないし、「年寄としよりに席せきを譲ゆずりましょう」という指示しじに従したがって譲ゆずるのでもない。言葉ことばのない何なにかしらの内うちなる声こえに引ひっ張ぱられ、人ひとは自発的じはつてきに席せきを譲ゆずるのである。それは共同体きょうどうたいに道徳どうとくをもたらす元もとの力ちからであり、この力ちからにはまだ言葉ことばがない。この力ちからは、「人間にんげんが生いきていくには共同体きょうどうたいが要いる」という事実じじつから生うまれている。この力ちからは潜在的せんざいてきではあるが、抽象的ちゅうしょうてきではない。そこから知性ちせいを越こえた「仲間なかまを助たすけよう」という本能的ほんのうてきな欲求よっきゅうが突然とつぜん生しょうじるのである。群むれの中なかに生うまれ落おちた人間にんげんという知性動物ちせいどうぶつの倫理りんりの原液げんえきが正まさにここにある。